治療に100%の安全はありません。いかなる軽微な治療であっても、結果にはばらつき、限界、合併症と言われる有害事象もあります。ここではそれぞれの治療についてのリスクを説明します。
インプラント治療のリスクファクター(危険因子)は全身的なものと局所的なものに分けて考えると理解がしやすいでしょう。インプラント治療について、厚生労働省は歯科医師向けにガイドラインを示しており、リスクファクターについては下記のように記しています。
インプラント治療の全身的リスクファクター
歯科インプラント治療の全身的リスクファクターには,「手術に対するリスク(手術危険度)」 と「骨結合を妨げるリスク」の 2つがある.手術に対するリスクは,抜歯などの口腔外科小手術のそれと同じと考えてよい.表2は歯科インプラント治療のリスクファクターとなる全身疾患,服薬,既往などを列記しているが,これらは歯科診療室で遭遇する頻度の高い代表的なものであり,その他の全身疾患にも注意を払う必要がある.患者にこれらの疾患の既往があれば,必ず主治医へ照会状を出し,その返書や臨床検査(血液・尿検査)データを分析した上で,担当歯科医師がインプラント治療に対するリスクを総合的に判断する必要がある.そのためには,全身疾患の病態の理解や臨床検査データの読み方を十分に理解しておくことが重要である.
以下に代表的な全身疾患等のインプラント治療に対するリスクを簡単に記す.1)糖尿病
手術に対するリスク:低血糖,過血糖に注意し,術前・術中・術後の管理が重要である.
骨結合に対するリスク:軟組織の創傷治癒不全や易感染性ばかりでなく,骨の治癒や骨結合にと ってもリスクの高い疾患である.
通常の待機手術の基準は,他臓器の合併症がコントロールされた上で,HbA1c:6.9%以下(NGSP),空腹時血糖値 140 mg/dL 以下,尿ケトン体(−)である.2)骨粗鬆症
骨結合に対するリスク:骨強度(骨密度+骨質)の低下によって初期固定失敗のリスクがあり,さらに正常なリモデリングが行えないことによる骨結合の維持に対するリスクがある.
3)貧 血
骨結合に対するリスク:組織の酸素欠乏による創傷治癒不全と局所免疫能低下による術後感染やインプラント周囲炎のリスクを伴う.
貧血の原因が明らかでも Hb10g/dL 未満であれば手術を延期し,貧血の改善を待ってから治療を開始したほうがよい.4)高血圧症
手術に対するリスク:高血圧症の原因である動脈硬化が進行し,脳(脳出血,脳梗塞,クモ膜 下出血),心臓(狭心症,心筋梗塞,心不全),腎(腎障害,腎不全)などに出現している合併症 が大きな問題となる.
5)その他
(1)ビスフォスフォネート系薬剤服用患者
ビスフォスフォネート系薬剤関連顎骨壊死(BRONJ)は,きわめて難知性の疾患であり,治療方法も確立していないため重大なリスクファクターである.原則的に禁忌としている施設もある. 通常,患者が強くインプラント治療を希望する場合は,危険性についての十分なインフォームドコンセント,患者の同意,ビスフォスフォネート系薬剤処方医師との連携を前提として,その上で慎重な手術の実施,厳密なメインテナンス(支持療法)などを条件に適応されることもある.
(2)抗血栓療法を受けている患者
抗血栓療法患者のインプラント体埋入手術に関するエビデンスは不十分であるが,抜歯に関するガイドラインを参考に以下のように考えられる。
- 致命的な血栓形成を予防するため,抗血栓薬は継続し,異常出血に対しては局所止血で対応する.
- 局所止血は,縫合,パック剤,止血床によって物理的に止血を図る.
- 一度に多数のインプラント体埋入は避ける.
- 抗菌薬,鎮痛薬の中には,ワルファリン作用増強やビタミンK欠乏などを発現させるものがあるため,投与に際して注意が必要である.
- 抗血栓薬の処方医や口腔外科専門医との連携が重要である.
(3)ステロイド薬服用患者
自己免疫疾患(潰瘍性大腸炎,関節リウマチ,シェ―グレン症候群など)等では,長期間にわたりステロイド薬を服薬している可能性がある.これらの患者では,手術などのストレスが加わると副腎クリ―ゼと呼ばれる重篤なショック症状を発現することがある.また,歯科インプラント治療の成功に関しても,易感染性,骨形成の抑制や骨吸収の促進といったリスクが存在する.
(4)喫 煙
煙草に含まれるニコチンは,末梢の毛細血管を収縮させるため,インプラント体埋入手術後の創傷治癒に必要となる局所の血流と酸素の運搬が不足することとなる.一方,一酸化炭素は,ヘモグロビンと結合しやすいため,酸素とヘモグロビンの結合を妨げ,酸素運搬能力は低下する.したがって,喫煙は創傷治癒不全を惹起し,骨結合にも影響を与え,さらにインプラント周囲炎の増悪を招く可能性が高くなる.
インプラントの局所的リスクファクター
1)天然歯の喪失原因
・歯周病:歯周病原菌はインプラント周囲炎の原因菌
・う蝕:残存歯のう蝕のコントロール
・パラファンクション:ブラキシズム(グラインディング,クレンチング,タッピング)
2)咬合要因
・上下顎対合関係:II級,III級は力のコントロール
・咬合支持:下顎位が不安定,無歯顎は上下顎のバランスに配慮が必要
3)骨量
・三次元的骨量不足
4)骨質
・皮質骨が薄く,海綿骨が密:不十分な初期固定力
・皮質骨が薄く,海綿骨が粗:初期固定力が発揮できない
5)粘膜の可動性
・不十分な非可動粘膜の幅
・可動粘膜
6)審美的要因
・スマイルライン:歯肉が露出する症例
・リップサポート:骨量不足による長い歯冠長や歯冠軸の強い傾斜
・粘膜の厚さ:インプラント周囲粘膜の退縮,萎縮
7)施術上の要因
・咬合高径:骨頂部から対合歯まで 7mm 以上の距離が必要
・開口量:ドリル,ハンドピース,ドライバー等の使用困難
8)解剖学的な個体差
・神経、血管等の走行の個体差(図7)
図7.CT で確認された下顎管の走行と分岐の変異天然歯の喪失原因はインプラント体をも失う原因に繋がる.咬合要因としては,上下顎の対合関係や咬合支持(咬頭嵌合位の確保)が重要である.骨量や骨質は,インプラント体の選択や初期固定力に影響を与える因子となる.可動粘膜の幅が少ないとインプラント周囲炎を発症しやすくなる.審美的な要因としてスマイルライン,リップサポート,粘膜自体の厚さは,歯科インプラント治療による審美的改善の難易度と関係が深い.施術上のリスクファクターとして,咬合高径は上部構造の固定方法と関係し,開口量は埋入手術や印象採得時の治療環境に強く影響を与える.
治療開始前に様々な全身的,局所的リスクファクターを明らかとし,その対応策を講ずるとと もに,患者にリスクを明示し理解してもらうことが大切である.
歯科インプラント治療指針 平成25年3月
日本歯科医学会編
平成24年度 厚生労働省歯科保健医療情報集等事業
「歯科インプラントの問題点と課題等」担当班(インプラント班)
また、このガイドラインでは、リスクファクターの説明以外にも、「医療安全」の項目に下記のようなことが記されています。
歯科インプラント治療における医療安全
歯科インプラント治療が通常の外科治療とは異なる点は,疾患の原因となる歯あるいは病巣等を生体から切除,除去するのではなく,インプラント体埋入あるいは骨移植等の外科的侵襲を生体へ意図的に加えることである.このため通常の歯科治療以上に医療安全に注意を払うことが必要である.
インプラント体埋入手術時に感染を起こしたり,あるいは神経麻痺等の偶発症を起こしてはならない.手術には十分に注意を払い,外科治療部位の感染や偶発症を起こさない対策が必要である.歯科インプラント治療の医療安全・安心を考えた場合には患者側,医療従事者側の双方にリスク因子がありトラブル発生を未然に防ぐためには幾つかの点を厳守することが重要である(図9).
図9.医療上のトラブル発生の原因(公益社団法人 日本口腔インプラント学会 口腔インプラント治療指針 医歯薬出版 27 ペ ージより引用改変)
歯科インプラント治療に伴うトラブルを未然に防ぐためには以下の要因を担保する必要がある.
1)患者側の要因
- 歯科インプラント治療に対する十分な理解と協力が得られている (適切なインフォームドコンセントと指導)
- 歯科インプラント治療を行う上で適切な全身状態を有している (インプラント埋入手術に対してトラブルとなる疾患,またインプラント体材料に対す る異常な生体反応等)
- 歯科インプラント治療を行う上で適切な局所状態を有している (骨量,骨質,咬合状態,残存歯状態,残存歯槽底堤状態)
2)医療従事者側の要因
- 適切な設備を有し,安全・安心な医療材料を使用する
- 適切な歯科インプラント治療の知識・技術を有する
- 緊急時の対応が行える設備,連絡網が整備されている
- 医療安全を担保できる歯科インプラント治療チームを有している
- 歯科インプラント治療に関しての適切なクリニカルパスの実施ができる
- 歯科インプラント治療手術の術前,術中,術後の管理ができる
歯科インプラント治療指針 平成25年3月
日本歯科医学会編
平成24年度 厚生労働省歯科保健医療情報集等事業
「歯科インプラントの問題点と課題等」担当班(インプラント班)
オールオン4は通常のインプラントと違い、埋入直後から荷重をかけます。上記のインプラント治療のリスクに加え、オールオン4に限った特別なリスクを理解する必要があります。
骨造成治療はは単純なインプラント治療のリスクに加え、より難易度が高いことや予知性の不確実性がネックとなります。この点は、厚生労働省のガイドラインには下記の通りの記述があります。
重度の顎堤の萎縮に伴う骨量の不足や,機能的,審美的インプラントの配置のために,歯科インプラント治療に付随して骨造成が必要となることが多い.骨量の不足は,垂直的な不足と水平的な不足,およびその両者が想定される.骨造成にあたっては,造成部位の適切な診断が重要で あり,それに応じて手術方法と使用材料を選択しなければならない.付加的な手術を行うことは,当然合併症の危険を高めることになる.
併用される移植材料としては,自家骨,他家骨,異種骨,代用骨がある.自家骨は,骨形成能,生体親和性に優れ,また病原性物質や倫理的な危惧がないことから臨床で頻用されている.しかし採骨量の限界や採骨時の侵襲,合併症等の欠点があり,術者には熟練した技術と共に,何かトラブルが生じた時に対処できる技量が求められる.そこで他の骨代替材料が希求されている.
他家骨はヒト脱灰凍結乾燥骨に代表され,良好な成績は報告されているものの,未知の病原性物質への危惧や倫理的な問題もあり容易に使用することはできない.また厚生労働省の薬事承認はされていない.
異種骨としては牛骨由来のものが欧米では頻用されている.本邦でも歯周病の治療に対しては薬事承認がなされているが骨造成材料としては未承認である.
代用骨は人工骨とも呼ばれ,骨組織の無機成分と近似するハイドロキシアパタイト(HA)やリ ン酸三カルシウム(β-TCP)が臨床で使用されている.一部の商品はインプラントの骨造成材として承認を受けており,病原性や倫理性の障害は少ないが,吸収性(骨組織への置換)や骨伝導 性の問題は否めず,今後の新材料の開発が望まれている.
4種の移植材料を比較して,いまだ自家骨移植がゴールドスタンダードといわれることが理解できる.自家骨も含めていかなる移植材料も,使用に際して,材料の成分や有効性とデメリットを患者に十分説明し同意書を作成した上で使用しなければならない.
歯科インプラント治療指針 平成25年3月
日本歯科医学会編
平成24年度 厚生労働省歯科保健医療情報集等事業
「歯科インプラントの問題点と課題等」担当班(インプラント班)
天然の歯を扱う治療は、天然の歯であるがゆえ、患者さんによって種々の「ばらつき」があり、「実際に治療してみないとわからない」ことも多々あります。クラウンの治療のリスクはそのような不確定な要素についてと、クラウンの破損などについてのトピックが一般的です。
ダイレクトボンディングは可能な限り歯を削らないことを目的とした治療となりますので、生じうるトラブルは、上記のクラウン治療のリスクに加え、より破折が生じやすいということがポイントとなります。
ホワイトニングは薬剤による「ヒリヒリしみる」感覚が中心となります。重大な合併症はあまり報告されません。しかしながら、ホワイトニングは医療行為であり、美容院やエステ感覚で行わないことが重要です。リスクの認知不足が起因するトラブルが一般的です。
歯周病治療では、ゴールが見えない状態でのスタートとなります。さらに、患者さんのセルフケアがほぼ全てとなります。この基本的な認識が共有できていることが重要です。
根管治療の成功率は高いとは言えず、そもそも結果が伴わなかったり、数年後に再発する可能性がある治療です。